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平和を何よりも愛するお前が





あんな、暗いところに戻らなければならないのか





【送る背を、ただ…】





「……ドロロ兵長、クルルズ・ラボに向かうであります」


クルルの連絡を受け、立ち上がったケロロはギロロの向かいに座るドロロに体を向け言った。
間にいたギロロは怪訝そうな表情をし、ケロロ同様立ち上がるとどうしたと声をかける。


「ドロロに本部から、指令がきている様でありますよ。ガルル中尉殿が待ってるでありますから、ドロロ、早くラボに行った方が」

「なっ、ちょっと待てケロロ!何故、任務実施中のドロロに任務が下りてくるんだ!」

『それだけあちらさんが、手こずってるつう事だろぉよぉ。侵略にさぁ〜。何たって相手はアルカイ星だかんなぁ』

「えぇ、あの武装国家で有名なアルカイ星とですかぁ!?」


タママが驚きに声を上げた。
ギロロも声こそは出さなかったが、驚きを表情に表す。
アルカイは宇宙で有名な武装独立国家で、今までも数々の星がアルカイ星を傘下に入れようとしてきたが全ては返り討ちにあうと言う結果に終わっていた。
その星を、自分達の属するケロン軍が、傘下にするべく戦いを挑んでいる。
しかも、互角に。

その侵略作戦に、本部からお呼びがかかるなんてそれだけ実力があると認められている証だ。
軍人としては、喜ぶべきなのだろうな。


「……心得た」

「!しかし、ドロロ、お前…」

『まぁ、立ち話もなんですし、室内にどうじょ〜』


立ち上がったドロロに声をかけようとしたギロロを遮り、クルルは自分の近くに設置してあるボタンを押した。


『ポチッとぉ!』

「っの、わああああー!?」

「ちょ、クルル〜!もうちょい、丁寧に扱うでありま、げふっ!?」

「わぁーですぅー!」

「………」


クルルの声と共に押されたボタンで、ケロロ達が立ってた地面は消え、ケロロ達はまっ逆さまに落ちて行った。
このままクルルズ・ラボに繋がっている様だ。


「え〜と、俺は待機、かな?」


残された睦美は、う〜んと少し唸る。
その後、室内に入るとソファーに横になり一度伸びをしてからここで待つ事に決めた。


「なぁんか、シリアスな雰囲気だったなぁ…」


なんだか、ドロロが呼ばれてたみたいだけど。
……まぁ、話せる内容だったら後で話してくれるか。


そう思いながら、睦美は寝る体勢に入っていった。



庭からクルルズ・ラボに移動したケロロ達。
落とされた事にブツブツ文句を言っていた一行も、ラボ内に入ると同時に黙り込んだ。
モニターに映ったガルルを目にし、各自上官であるガルルに向け敬礼をする。
ガルルは敬礼を解くように言った後、

『ケロロ軍曹殿。この度、君の部下を借りる事になった。急な事ですまないと思っている』

「そんな、滅相もないでありますガルル中尉殿」


ガルルに敬礼をし、ケロロはガルルの言葉に毅然として答えた。
いつもその瞳には悪戯な光が宿っているというのに、今はただその光も消えている。

普段はのらりくらりとしている癖にな。
こういう時は、やはり隊長なのだな。

自分の兄のガルルと形式的な挨拶を交わす幼なじみの後ろ姿を見つめ、ギロロはそう思う。
そして、そのケロロの一歩引いた所にいるもう一人の幼なじみにも目を向けた。
ドロロは、先程からずっと声を発してしない。
表情はなく、ただ静かだ。
ガルルは、ケロロ小隊の一人一人を視線に捉えてから、隊長であるケロロに戻した。


『もう知ってるだろうが、今我々ケロン軍はあのアルカイ星と戦闘になっている』

「伺ったであります。それで、うちのドロロを?」

『……いや、正確には彼だけではない。確かに、兵長一人の実力で事足りるかもしれんが』

「……と、言いますと?」


ガルルの含みのある言葉に、ケロロは怪訝そうに先を促した。
なんとなく、分かりはするが。


『ドロロ兵長を含めた、アサシン部隊の投入が決まった。私の部隊のゾルル兵長もこの任務を請け負う』

「……そうでありますか。ガルル中尉もこの任務に携わって?」

『いや、今回私は君達に応援要請を命じられただけだ。我々の小隊も別の侵略任務を与えられているのでな』

「それともう一つ。特Aの機密事項に属するアサシン部隊の任務伝達を、何故この回線で?」

『確かに、本来ならば解読出来ない様な暗号文をアサシン部隊から飛ばすんだがな。仮にこの回線が相手に聴かれたとしても』

「それで相手側が怯めば好都合…」

『簡単に言えば、そう言う事だ。相手が相手だからな。戦いが短いに越した事はない』


大方の任務の説明を終え、ガルルはケロロからドロロに視線を向ける。


『ドロロ、いやゼロロ兵長』

「……はい」


たった数分間、声を聞いていないだけだというのに。
もう、数時間以上声を聞いていない気がする。
それに、アイツらしくない、声だ。

ガルルに返事を返したドロロの声からは、戸惑いといった感情めいたものは何も感じ取る事が出来なかった。
緊張からそうなるだろう声の固さも。
ましてや、落ち着いている穏やかさも。


『事は急だが、ペコポン時間で夜10時までにはそこを発ってくれ。君達アサシン部隊の到着次第、作戦を最終段階に移行するそうだ』

「分かりました」


では、本部で待っているとガルルは言い、回線を切った。


「ドロロ、」


ギロロはドロロの隣に並び、肩に手を置くと顔を覗き込んだ。


「大丈夫か?」


何が大丈夫かだ。
もっと、気のきいた声のかけ方も俺は出来んのか。

ギロロはモニターから自分を見たドロロの顔を見つめながら、自分に悪態をつく。
しかし、どう言ったらいいかなんて、やはり分からない。
何時もの雰囲気に戻ったドロロはギロロの心情を分かったのか、


「拙者は大丈夫でこざるよ、ギロロ殿」


にこりと笑って見せたドロロに、ギロロは言葉が出ない代わりにその頭を撫でてやった。
不器用な自分が、今出来る精一杯だ。
本当は、大丈夫な筈ないのだから。
出発時間まで後、7時間を切っていた。





◇ ◆ ◇ ◆





きっと、僕なんかが理解出来ないぐらい、つらい筈なのに。
ドロロ先輩は、ただ優しく、笑った。



「ドロロ先輩はどこ行ったんですかぁ?」


先程から、ドロロの姿が見えない。

さっきまで、いたのに……。

何だか、傍に居たかった。
自分に、何か出来る訳ではないけれど。
幼い自分が、彼の支えになれるなど到底思っていないけれど。


「ドロロは今、シュミレーション室だ。実戦に寄近いシュミレーションをクルルとすると」

「クルル先輩と、ですかぁ?」


ギロロの返答にタママは首を傾げた。
このケロロ小隊最強のドロロの訓練に何故、非戦闘要員のクルルと一緒にやる必要があるのか。

だったら、伍長さんとやった方がいいと思うんですけどぉ。


「でも、シュミレーション室の使い方は僕でも分かるですよ?」


シュミレーション室も含め、ケロロ小隊の基地内全てをクルルが制作したと言っても自分達が普段使用する訓練施設の使用方法位は知っている。
タママの言いたい事が分かったらしいギロロは納得した顔をしたが、直ぐに苦笑へと表情を代えた。


「俺達だって、シュミレーション室の使い方位知ってるさ。……通常のはな」

「?通常のって、」

「ドロロがやっているのは、通常プログラムの最高レベルのその上、でありますよ」

「軍曹さん…」


ガルルの回線を切った後から、一言も喋らなかったケロロが漸く口を開いた。
苦笑を浮かべるケロロは、なんとも彼らしくない。


「だから、クルルがいないと訓練が出来ないんでありますよ」

「そうなんですかぁ…」


重い沈黙が。
また、三人の間に落ちた。



夜、21:30分。
庭にドロロの相棒、小雪を加えたケロロ小隊が見送りの為、集まっていた。
日向家内で待っていた睦美は、できる範囲の事情を話すと深くは聞かず、帰っていった。
日向家の主達の夏美と冬樹には、席を外してもらっている。


「では、行って参る」

「気をつけてね、ドロロ…」


不安気な小雪に安心させる様に笑みを浮かべて見せてから、ドロロはケロロ達に背を向けると小型宇宙船に乗り込もうと歩みかけた。
しかし、背にトンッと小さな衝撃。


「……タママ殿?」


自分を後ろから抱きしめるタママに、ドロロは肩越しに振り返りどうしたのかと問おうとした。
自分より少し背の小さい彼の表情は、うつ向いているせいで伺い知れない。


「お菓子…」

「えっ?」

「お菓子買ってきて欲しいんですけど。ケロン星限定の」

「お菓子?」

「そうですぅ。お土産よろしくですぅ!」


にっこりと。
顔を上げたタママは、いつもの可愛らしい笑みを浮かべていた。
なんて事ない、普段のノリで。


「あぁ、じゃあ我輩達の分も適当に買ってきて欲しいであります!」

「おいケロロ、ドロロ一人じゃそんなに買い物出来んだろう!」

「帰りはギロロ先輩の兄貴が送ってくれるみたいだぜ?折角だから、荷物持ちやらせればいいだろ〜。これで存分土産頼めるぜぇ」


幼さと愛らしさを生かして、おねだりするタママ。
タママをきっかけに、便乗するケロロ。
それを注意するギロロ。
嫌味な笑みで笑うクルル。


「……もう、しょうがないなぁ」


沈んでいた空気が、漸く浮上する。
いつもの、ケロロ小隊の騒がしい空気。
仕方なさそうに言うドロロの表情は、口調に反して柔らかい笑みを称えていた。


「じゃあ、行ってくるね」

「あぁ…、待ってる」


最後にギロロがドロロの頭を撫で、皆でドロロを送り出した。
小隊達は一瞬で空へと消えた宇宙船の方角を見つめていたが、


「さぁてと、」


ケロロの声で皆、家の中へと戻っていく。
とにかく、自分達が出来る事は只待つだけだ。

無事に帰って来て下さいです、ドロロ先輩……。

土産なんて、本当はどうでもいい。
無事に帰って来てくれれば、それで。
きっと、皆も同じ気持ちだ。
家の中に入る前、チラリと見た空にタママは思った。





【送る背を、ただ…】

任務だから、見送る事しか出来ない。

でも、無事でいてと、願ってる。




2009/02/14