第四章
気がつけば、また日常に逆戻り。唯一変わったことと言えば、顔の傷くらいか。
あーでも、この傷見る度に、あいつ変な顔するんだぜ。なんなんだよって言いたくなるけど。
あいつが来る回数も、また少しずつ減っていって。…暇だな。
しかも妙に、チャイムまで鳴らすようになって、変なこと、しなくなったし。
きっと奥さんとやりまくってんだろうな。
いつか将来、子供が出来たとか言ったり、子供の写真見せに来たりすんのかな。
「…変なの」
想像してみたけど、変な感じだ。あいつが幸せそうに笑ってんのなんてさ。
あいつ、俺の前で笑ったことあったっけ?
多分ないよな。好きだとか、言ってるときも、無愛想でさ…。
他の奴の前ではスマイル80%ってか。あれに100%はない気がするし。
俺ってさ。あいつがいなくなったら、本当に一人ぼっちなんだな。
誰も居ない。誰も、知らない。
――ピンポン♪
あいつだ…。
――ピンポ〜ン♪
鍵なんて閉めてないってのに。入ってくりゃいいだろうよ。
今さら…。妙な怒りが込み上げてくる。
俺がここに居ないわけないんだし。
暫く、待ってみようかな。
――ピン、ポーン♪
此処のチャイムって其処までバリエーション増やせたか?
…ま、いいや。面倒だけど。
「はいはいっと…」
ドアをひらくとやはりあいつが居た。
「……」
あいつは無言のまま。俺を見下ろしている。
「なんだよ」
「…いや、……」
最近いつもこんな感じ。変な奴。
「…此処、開けとくからな」
そう言って。そのまま俺一人中に入る。なんなんだよ、うじうじしやがってさ。
馬鹿みたいだ。いや、あいつは馬鹿だ。
…ったく、うざいって。
+++
結局、上がったあいつ。コーヒーでも入れてやろうかと立ち上がったら、急に抱き締められた。
「なっ…」
「…拓也」
耳元で囁いて。強く、強く抱き締められて。…まったく。
そしてそのまま数分間。
「…なんなんだよ、あんたは!」
短気な俺は、あんなの我慢できるはずがない。
「……。相変わらずだな、お前は」
寂しそうに笑った顔。ほんと、なんなんだよ…。
「ったく、俺はあんたの人形だろ。いらないなら捨てろよ」
「…捨てるわけがないだろ」
ならその左手についてる指輪はなんなんだよって。あえて言わない。
言えないのかも知れない。
顔の傷を舐められて。唇を重ねられて。
もどかしいって言うか、なんていうか。
馬鹿みたいだ。あんたも、俺も。
…好きなのかな、俺、こいつのことが……。
「物好きだよな、あんたは」
「ああ、そうかもな」
「本当に俺のこと好きなの?」
「何度も言っているだろう」
「…馬鹿みたい」
「お前が嫌がるのなら、手を引いてもいい」
それで俺はどうなるんだよ。
「必要とされないのなら、別にそれでもいい」
「……」
「…っ、でも。いらなくなった人形が最後どうなるかあんたは知ってるだろ」
耳朶を甘噛みされて。最後まで、人の話を聞けよ!
「お前を愛し続けろと言うのか」
「そんなんじゃねぇよ」
「…一方的な愛は疲れた」
なんだよそれ。腹に立つ。お前が勝手にやったことだろう。俺は、関係ないっての。
…自覚すると、変わるもんだな。うざい。
「なら、出て行ってやるよ。俺を愛し続けるのが疲れたんだろ。出て行ってやるよ。何もかも捨てて!」
「…なにをむきになってるんだ」
「五月蝿い!」
わかる訳ない。俺がわからないのに。
わからないでいい。あんたは他人だから。
やっと、好きになれたのに。…っ、俺は、…悪くない。
「拓也」
「来るな!」
傷つくようなあいつの表情。見間違いかもしれない。でも、見間違いじゃない。
そういや、初めてあいつを拒んだ。
最初来たときも、初めて抱かれたときも、俺は拒まなかった。
好き、なのかよ。本当に。
…嫌いって思っても、いいんだろうけどな……。
「好きだ」
鳥肌が立って、温かくなって。言われ続けてた言葉じゃないか。
なんで、今さらこんなにも…。馬鹿だよ。俺も、あいつも。
「…好きじゃ、ないんだろ。結婚するんだろあんた。……出て行けよ!」
「誤解だ。拓也…」
「五月蝿い!出て行け!」
「…拓也」
なあ、なんで今になってこんな風になるんだ。なんで、今さら。
…なんのドラマだよ。ドラマでさえありえねぇっての。
「…そういや此処、あんたのだったよな。…じゃぁ、な」
「待て」
「…っ、離せ!変態!エロじじい!」
「なんとでも言え」
必死に抱き締められて、抜け出せなくて。
…素直に離してくれよ。冷静でいられない。
「こんな指輪、欲しかったらやる」
「だって、これは…!」
「飾りでつけてただけだ。…お前の言う、興味本意というやつで」
…は?
「…其処まで気にしているとは思わなかった。すまない」
「なに、それ…」
「顔の傷も、それが原因なのか」
「…っそうだよ。あんたが結婚するんだと思ったら、俺は不必要になるんだって。…なんだよ。所詮は踊らされてただけかよ。……酷ぇ仕打ち。馬鹿みたい」
「拓也…」
「幸せに、してくれるんだろうな!」
もうヤケだ。…っくそ。
「…俺が、幸せになる自身ならあるな」
楽しそうに微笑みやがって…。
「それはどうも。俺はあんたの人形で居れて不幸せだよ」
「出来るだけ、努力はする」
「…そんなことはいい。…俺、あんたと、同居したい」
「それは、俺が好きだといっているのか」
「さぁ、な…」
「ちゃんと言え」
意地悪、サディスト!鬼畜、鬼、悪魔!
「…っ俺、は。あんたの事が…。……好きだ」
「名前も、できれば言って欲しかったのだが」
「…覚えてねぇよ」
無理な要望言ってんな。
「当分、お前に呼ばれることはないんだろうな」
「ご主人様でいいだろ」
「さあな」
「それか。父さん?」
「そういうプレイを期待してるのか」
「んなわけねぇだろ」
「谷村だ」
「へー、谷村さんね」
って?おい…。今。
「……」
「苗字…?」
「だから、お前は谷村 拓也だ」
両方「た」から始まるのかよ。
苛められやすいんだぞ。そういう名前って。
でも、さ…。
「好きだ。拓也」
「…ホント、あんたって物好きだよな」
「勝手に言ってろ」
「多分、俺も好き。…谷村、さん」
他人行事みたい。
あんたが凄い大人に見える。
…当分はあんたかご主人様って呼ばせてもらうから。
谷村さん…。
重ねた唇が、妙に熱く感じられて。
俺、…なんか凄い幸せだなと、そう思えた。
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